エンジン全壊

感情に整合性を求めるな

あなたはかつていい子でしたか - 実在する理不尽を炙り出したトガリの話

2018年12月30日。大晦日前日。
グラブルの無料10n連を回してから寝るために5時までは起きていようと思ってツイッターを開けると、朝4時半のタイムラインは鳥のぬいぐるみアカウントの話題で占拠されていた。

ガリくんというかわいい鳥のぬいぐるみの日常をつづるアカウントがある事はもとから知っていたけれど、今までまともにツイートを読もうとしたことはなかった。
なぜならトガリくんはツイッターで家族ごっこのような事を行っていたから。トガリくんは人間の男と女と同居しており、その二人をそれぞれ「おとさん」「おかさん」と呼んでいる。トガリくんは子供の立場である。
ほんわかあたたかファミリィ♡みたいな話が心の底から苦手な私にとって、トガリくんのようなアカウントは避けるべき、とまではいかなくともそんなに好意を抱けるタイプのアカウントではなかったのだ。(でも突然自身のフォロワーからのリプライに対して突然心を閉ざす事があるのはなんか面白くて好きだった)
そんなトガリくんがタイムラインを斡旋している。どうせ30分くらい暇だった私はグラブルのガチャを回すまで彼のアカウントを遡ることにした。

結果。大ダメージを食らって帰ってきた。

ガリくんの周囲に2018年クリスマス前後に起こったことをダイジェストざっと書きださせてもらう。なお、読みにくいので「おとさん」は父、「おかさん」は母と表現する。

12/20 自分がほしいものをサンタさんへ伝えるよう、父に伝言を頼む。
12/21 父から「難しいって言ってたから他のも考えて」と伝言を返される。
12/22 プレゼントの希望を第三希望まで手紙に書き、父に預ける。内容は「①おとと ②いもと ③おともだち」
12/23 サンタに預けるようお願いした筈の手紙がツリーに吊るされているのを発見。父に不信感を抱く。
12/24 サンタさんに希望が伝わらなかったことで自棄になるも父の提案により手紙を風船で空に飛ばす事に。飛ばした風船と手紙は予備を含めて2セット。
12/25朝 サンタからぬいぐるみを貰う。思っていたものとは違うもののまんぞくしたと答える。他には祖母からスノードーム、父母からジグソーパズルを貰う。
     トガリ父が忘年会の帰りに生き物を拾ってくる。父母いわく「オス」「たぶんノラ」。
     ノラに自分のぬいぐるみのサンタ帽子を奪われる。(奪われ①)
12/26 母に呼ばれ、暴れるノラを嗜めるも聞いてもらえず。
    おにぎりをノラに運ぶ。無視される。
    父が帰宅。ノラは父に駆け寄り、父からおにぎりをもらって食べる。
    ノラ、隅っこで就寝。
12/27 ノラに柿の種を与える。今度は受け取ってもらえる。他のお菓子も見せるとチーズ味のうまい棒をとられる。(奪われ②)
    何故かノラがトガリのパンツを被る。返してもらえず。(奪われ③)
    ノラ、トガリ父と入浴。父がトガリに断りを入れ、トガリのズボンのノラに履かせる。(奪われ④)
12/28 ノラを家に残し母と公園へ葉っぱ集めに。この間に自分のお菓子をすべてノラに食べられる。(奪われ⑤)
    父にそれを伝え、怒って欲しい旨も伝えるが「やさしくしないとだめ」と逆に言われる。
    ノラ、父と就寝。
12/29 公園へ葉っぱ集めに行こうとするも、父が無断でノラにトガリの靴を貸していたため行けず。(奪われ⑥)
    仕方ないのでパズルで遊ぶ。帰ってきた父を問い詰める。
    父に言われ、ノラにえんぴつとノートを貸す。(奪われ⑦)
    母に「来年までいい子にできる?」と聞かれる。来年のためにクリスマスツリーを片付ける。その際に一緒にサンタ帽をしまおうとしたがノラと奪い合いになり、負ける。(奪われ⑧)
    ノラが悪いと母に訴えるも「トガリはお兄ちゃんになれるかな」と返される。
12/30 ノラと一緒にパズルをする。ノラがピースを食べようとするのを止める。
    父と公園に行ってる間にノラがパズルと葉っぱをめちゃくちゃにする。(奪われ⑨)
    怒ってノラを家から追い出す。
    両親に「ノラには悪意はなかったのかもしれない」とたしなめられてノラを探しに行く。
    ノラを見つけ、謝罪し一緒に帰り、就寝。


※ダイジェストだとこの空気感が伝わらないので東京トガリくんの公式ツイッターをさかのぼってくれ。写真での表現がまたすごいんだ。

さて。この話をあなたはどう捉えたのだろう。
こんなクソ辺鄙なよくわからないブログを見てるってことは多分あなたはオタクなんだろうし、オタクってことは多分、この流れをトガリやノラの視点から見て受け取り、「兄だからと自分の嫌なことを我慢させられる理不尽な境遇の子供の話」と捉えたのではないかなあ、と思う。
父と母から「兄だから」「いい子にしなければいけない」という抑圧を受け、自分自身も呪いのように「いい子であること」に固執する。
しかし「いい子」であればあるほど、自分と比べて圧倒的に「悪い子」であるノラが自分の物を奪い父に愛されているという矛盾が浮き彫りになっていく。
その矛盾はおそらくトガリが今後何十年も生きていくにあたって永遠に心に残るしがらみとなり得るだろう──他にもいろいろ不穏な部分はあるけど大まかに言うとそんな感じのバッドエンドの話だと思ったんじゃないだろうか。
全部偏見だから違ったらごめんね。

けれども、おそらく街角で一般主婦や一般会社員、一般学生を捕まえてこの話を見せると彼らは「弟ができたお兄ちゃんが少し大人になる話」なのだと答える。
というか多分そう答える人間の割合のほうが高いはずだ。
子供の立場からではなくあくまでも父母と同じ方向の目線から子供を見て、はい二人は打ち解けましたトガリは子供じみた執着を捨てていっぽ大人に近づきましたハッピーエンドですねイイハナシダナーと捉えた人間は世界には山ほどいる。

何故言い切れるかって?
実際にいるからだ。
ガリくんのリプライ欄に。

なぜこの一連の流れがタイムラインで話題になったか。それは多分、トガリくんの押し込められた立場は本当にどこにでもあるような理不尽で、同じような理屈を幼少期に押し付けられて心を焼かれた人間がこの世にあんまりにも多すぎるからだと思う。
大人から受けた抑圧の理不尽さに取り返しのつかない傷を負って生きて、身体ばかり大人になって何もかもがうまく立ち行かなくなった、そんな人間がツイッターにはごまんといる。
しかしトガリが炙り出したのはそういった「被害者」側の人間だけではない。おとさんおかさんと同じ立場からモノを言い理不尽を子供に強要することを教育だと捉える「加害者」の立場になってしまった人間をもトガリは引っ張り出してきた。

"トガリ"という生命は実在しない。
子供を「お兄ちゃん」という役割に縛ろうとする母親も、酔っ払ったノリで生命を拾ってくる父親も、突然拾われたり追い出されたりしてパニックになる哀れな黒い鳥も実在しない。

けれども、トガリくんにリプライを送っている人間とその言葉はすべてそこに確実に存在している。
赤の他人同士の関係なのに兄弟関係に置かれたというだけで「いつか絶対わかり会える」と軽率に言い放つ人間も、幼子の繊細な感情や不満を「大人になってあげて」と押さえつける人間も、自分の領域を脅かされる事を「お兄ちゃんになるための第一関門」というきらきらした言葉でごまかす人間も、たしかに命を持ってそこにあってトガリをさらに抑圧しようとリプライを送っている。
すべてがフィックションであるトガリ劇場の中で、一番身勝手で安全な立場からトガリに物を言えるリプライ欄だけが現実のものとして取り残されている。

フィックションを利用して実在する理不尽をそこに置く。
東京トガリというアカウントが何を思ってこんなストーリーを世に流したのかは全く持ってわからないけれど、このリプライ欄のことも想定して話を展開させたのだとすれば本当に感嘆の声しか出ない。
けれどもし東京トガリがこの話を本当に心の底からハートフルストーリーとして作っていたら。
東京トガリからしてみると正しいのはリプライ欄であり、ツイッターで心をかき乱された我々の感情はよくわからない過剰反応してる人達のものとみなされていたら。
それが一番怖いことだよなあ、と思う。


ところでなんで我々はこんな年の瀬に鳥のぬいぐるみに自分の過去を見出して苦しんでるんだ?